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男はだまって傷心旅行。

カリフォルニアとハワイは約3時間の時差がある。もちろん今朝は時差ボケだから早く起きてしまう。まあ何時ものことだけど帰った時に困るんだよね。早く起きれなくなるから今来ているカウアイ島は2回目。始めて来たのは今から二十四年に前にさかのぼる。大きな台風カウアイ島を直撃した後で、ホテルもかなり安かった。傷心旅行でもあった。始めてのパートナーと出会ったのもハワイ。ハワイは何時も私の人生の変わり目に必ず来ることになっている。来ることになっているというよりもハワイに呼ばれて来る事になると言った方が正しいかもしれない。前のブログにも書いたと思うけど、ハワイに始めて来たのは1988 年頃その時にアメリカに住むことになるウインフリードとの出会いがあった。其れから何度も一緒にハワイに来た。彼の計画はリタイヤした後にハワイに住むことになっていたのよね。ハワイのワイキキにちゃんと新しいコンドミニアムを購入。頭金も彼払っていて、住むのを楽しみにしていた。勿論私も仕事を探して一緒に暮らすわけだったのでしばらくの間ハワイとサンフランシスコを行ったり来たりしていた。ワイキキに来るたびに私たちが住むはずだった高層のコンドミニアムを見るたびに、此処に住むわけだったと思い出が頭の中をよぎる。
まさか三年後に彼がHIVで亡くなるとはその時に思ってもいなかった。発病後はサンフランシスコの医療とサポートグループがあったので、ハワイ行きを断念した急スピードで彼の病気も進んで行き、その頃は全く薬もなく原因不明のゲイ癌とも言われた。私の周りの沢山の友達も次から次へと亡くなって行った。段々介護も大変になり始め、最後の方になると家に看護婦さんが来てくれることにもなった。
そして呆気なく彼が無くなった。私の母と同じ月に亡くなった。彼との思い出は三年弱だった。彼のお役目は私を此処まで来れた基盤をしっかり作ってくれるためだった気がする。亡くなった後、何をどうして良いか頭の中は混乱状態。その時に病院のサポートグループの1人の人物が私の人生の中パートナーになり16年間一緒に暮らすとは夢にも思っていなかった。一緒に此処カウアイ島に呼ばれた。
その時はノンビリというか此れからじぶんはどうやって生きて行くか?先が全く見えない状態だったと思う。ダウンタウンは昔来た時とはあまり変わってはいなかった。相変わらずノンビリムードの島。
今回はフレツド、普段は出不精のフィリップも一緒に来れたのも不思議。多分こうして3人でお互い助け合いながらでも幸せな家庭になった事を報告に来ている様な感じ。去年ハワイ島に妹の孫を連れて、パワースポットを訪れた。その後に新しい新居購入、そして10月に引っ越ししたり物凄いスピードで事が進んだ。フレツドの仕事も、私の仕事もハワイから帰った後で動いた。今回のこの旅行で何が変わるのかは見当のつかないけどね。本当に人生ってどう変わるのかは全く解らないから不思議よね。間も無く朝の6時になろうとしている。外の水平線の景色を見ながらコーヒーと私の携帯でブログを書いている。

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負け曜日の負け夕陽。
笑われたくないから先に笑いながら話したり。

「そんなの解ってるんですけど(笑)」

という意地悪な笑みをしてしまったり。

う~ん。

おかしいねぇ。

そんなヤツに一番なりたくなかった筈なのにねぇ。
いい溜め息、悪い溜め息。
胃のあたりがフワッと悲しくソワソワ淋しい焦燥感。
落ち込んでいる時は逆に誰かを助けるといいよ。
(下鴨神社)

ちぐはぐに思うかもしれへんけど落ち込んでる時というのは人の気持ちが解る時やと。
そんな気がするので僕は寂しくなったり凹んだ時はなるべくそうする様にしてます。
不安やし、焦燥感にまみれながらやけどそんな時は心は優しかったりするもんなんです。
傷心旅行なんかの旅先で何故か優しい人と出会えたり話せたり友達になれたり、小さな偶然や奇跡に出くわすのは自分の中の優しさが共鳴してるのだと思う。
いや、たかだか長くても7、80年の寿命の我ら人間ども。純粋に愛や恋や友情や奇跡や説明のつかない出会いなど全部信じて生きていかないでどうするんだ!

とは言うもののそんな時に限って全然余裕が無いのよね(笑)
ばぶぅ

だぁだぁ~

ガゥガゥ

どんな悲しい事もブルースに変えて生き抜いてやるぞ!
多分!
iPhoneからの敦煌