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傷心旅行を捨てよ、街へ出よう

不倫発覚から約一年、特に同棲が発覚した夏頃からずっと心の中で自分に言い聞かせて心を落ち着かせていた言葉があります。  『ここまで酷いことする不倫夫を心から好きになってしまった自分の自己責任。』 『早く分かったのは不幸中の幸い。』 『私は子供達と前を向いて生きていきます!』  これを毎日心の中で呪文のように繰り返すpearl周りの人にも全く同じことを言っていたと思います。これは嘘ではなく本当に思っていたことです。今でも。  そして新しい生活も始まり気分も一新!母や祖母のお陰で満たされているのにブログを書くまではなぜかいつも泣きたい気分だったんです。どう例えたら良いか分からないのですが、喉元が常に苦しい感じなのです  でもブログを書いていたら不思議と気持ちが落ち着いてきてすごく楽になりました  きっと今となっては幻の姿だっとしても、ずっと大好きだった不倫夫の度肝を抜かれる言動行動の数々に傷つきながら受け止めるしかなかった事や、自分や子供ことも含めて生活や考え方を大きく変えなければならなかったことが悔しくて悲しくて仕方なかったけど、自分に言い聞かせるために本当の気持ちを抑えつけていたような気がします。  でも子供に関係する事はどうしても許せないのです。(気持ちを整理するために書きますが、ここからは綺麗事ではない本音でまるで不幸の手紙のようになりそうなので目を細めてください笑)  ・幼稚園などが始まり、家族連れを見るたびに子供達から父親を奪った不倫相手の事を許せなくなります。私自身も惨めな気持ちになる事も多々あります。  ・子供達が頻繁にギャーギャー泣く時、二人の子供なのにどうして私だけこんな思いをしなければならないの??と思います。  ・何度か飛行機で次男が騒いで冷や汗かいて大変だった時、手をつないで楽しく沖縄旅行に行っていた二人が頭に浮かびとてつもない怒りの気持ちが。私だって一人で傷心旅行でも行きたかった。  ・長男が吃音で苦しそうに話す時、3歳なのにいつも不安そうな目をしている時、自分も責めますが、原因を作ったあの二人のことを心の中で責めています。  ・年配の人に『大変だけど今が一番可愛い時ね〜』と頻繁に声を掛けてもらうたびに本当にそうだなと実感すると同時にそんな時期に何てことをしてくれたの??と許せない気持ちになります。純粋に可愛い時期を楽しみたかった。  ・外食しても騒いだり食べさせるだけていっぱいいっぱいの時、自分の食事がままならない時、のんびり二人で美味しいもの食べたりしていることを考えて腸わたが煮えくり返るような気持ちでした。  ・職場でも今回の不倫は有名で上司の方も知っていますが、なんのお咎めもなく勉強しキャリアアップしていると聞き、家族にここまでの事をしても許される世界なのだといたたまれない気持ちでした。  ・子供や自分が感染症にかかったり具合が悪くて辛い時、呪ってやる!笑と思っていました。  まだまだありますが本当に不幸のブログになりそうなのでこの辺でやめておきますね( ´艸`)   常に泣きたかったのはきっとこういったことが日々積み重なり、自分の気持ちを押し殺しながら子供達と必死に向き合う日々が続いていたからだと思います。   子供達がいたからこそ何もかも放棄して逃げたくても逃げられず追い込まれた事もありますが、子供達の存在が幸せや希望を与えてくれました。日々成長していく子供達を見るたびにますますそうなると確信しています。   不思議な事にブログに書いていたらまた気持ちが落ち着きました書いて良かった    次回は子供達への伝え方。を更新します。

あなたは昔の傷心旅行ですか?

また会えるんじゃないかと思っていたけど、滞在中に彼に会うことは出来なかった。

やっぱりそんな簡単に会うことは出来ないよな…

どうすんだよ。この電子手帳。俺が日本語で話しかけると英訳してくれて伝わるやつだった。
きっと高いやつだよな。

連絡先知らないし、名前すら知らないから探すに探せない。
そして、俺はバンクーバーで楽しいひと時を過ごし日本に帰国した。

彼のことで頭がいっぱいになったから、もう彼女のことは頭から消えていた。思い出すことはなかった。
俺…なんか変。

彼のことで頭がいっぱいって…

彼のこと好きなのかな。

彼…男なのに。
職業柄といったら語弊はあるけど、結構変わり者が多いから、知り合いにも男を好きになる人は結構いて、その感情自体変だとは思わない。
でも、まさか自分がそんな気持ちになるとは思わなかった。

でも、このトキメキは恋だと思う。

俺は彼に恋をしたんだと思った。
また何処かで会えることを信じて俺はその電子手帳を毎日持ち歩いた。

さて、傷心旅行で心の傷は癒えたし、明日からまた稽古頑張んないとな。