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傷心旅行 少し愛して、ながーく愛して。

心 ~君がくれた歌~ (Ae Dil Hai Mushkil) 2016年 157分 
主演 ランビール・カプール & アヌーシュカ・シャルマー 
監督/製作/脚本/原案/台詞 カラン・ジョーハル 
“これは、一見奇妙な恋と友情の物語” 
“恋がヒーロー、友情がヒロインの、ひどい話さ”
   新進気鋭の歌手アヤーン・サンガルは、その日インタビューにて「歌の原動力」について聞かれ、「片思いこそ、人の力になる」と思い出話を語り出す…

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 ロンドンのクラブにて、大学院留学生アヤーンとアリゼー・カーンが意気投合したのは数年前。お互いの身の上話や軽口を叩き合いつつ、双方の恋人を連れ出したダブルデートまでやる仲になるが、そのためにお互いに恋人と破局してしまい、一緒に傷心旅行に出発する。だが、アヤーンの気持ちと裏腹に、アリゼーはあくまで彼を親友としてしか見ていなかった。
 その旅先で、かつての恋人アリーと再会したアリゼーは…。  プロモ映像 Alizeh (アリゼー)

*元々、「アリゼー」と言う名前はペルシア語で「(貿易)風」の意。「高位」「アリーの子孫」とかにも読み解けるそうな。 
ボリウッドの大ヒットメーカー カラン・ジョーハルの7本目(うち2013年のオムニバス映画「ボンベイ・トーキーズ(Bombay Talkies)」の短編含む)の監督作となる、FOXスター配給のヒンディー語(インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を、俗にボリウッドと呼ぶ)ロマンス映画。
 そのタイトルは、劇中でも讃えられる伝説のボリウッドシンガー ムハンマド・ラフィーが歌う1956年の映画「C.I.D.(犯罪捜査課)」の挿入歌タイトルからの借用だそう。

 インド本国の他、クウェート、オーストラリア、北米、ヨーロッパ各国、マレーシア、ニュージーランド、パキスタン、ペルー(「Lágrimas de amor」のタイトルで公開)でも公開されて大ヒットを飛ばしたと言う。
 日本では、2016年にSPACEBOX配給にて東京、千葉、福岡で英語字幕上映。翌17年にIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて日本語字幕版が上映された。

 過去のカラン・ジョーハル監督作と共通する大規模海外ロケ、多数の大物ゲスト出演、セレブ同士の洒脱な会話から発展する恋愛・友情模様、数々の過去のボリウッド名作オマージュ…などを踏襲しつつ、本作物語でその骨格となる「男女の友情は成立するか」「友情が愛に勝りえるか」と言うテーマは、「愛とは、友情のこと」と言い切った初監督作「何かが起きている(Kuch Kuch Hota Hai)」に対する新たな一解釈を加えてきているよう。

 公開後、「アイシュとランビールが恋人役だって!」ってな評判を聞いてて「それはランビールが霞みそう…」とか思ってたけど、アイシュはまあそこそこ出番の多いゲスト出演枠でしたな。あんな都合良く、傷心の旅途中に自分の話を聞いてくれる妖艶な美女なんかいるか! う、羨ましくなんかないんだからネ!!!!!! ケッッッッ!!!! イイゾモットヤレ!!!!!(その妖艶さについて、義父アミターブの不興を買って数シーンカットされて公開に行き着いたと言う噂だけど)

 本編は、物語的魅力よりも小粋な会話劇の積み重ねで色々人間関係が変化して行くことを楽しむ映画になっていて、所々にぶち込まれるボリウッドネタの濃さに、映画が生活に染み込んでいるインド万歳が嫌味なく表現されていて、実際インドの彼ら彼女らはこんな会話を次々に語りまくってんのかなあ…、あれがボリウッド的お洒落かなあ…とか色々考えちゃうよ(実際のインドを見たことないくせに)。

 監督を務めたカラン・ジョーハルは、1972年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。父親は映画プロデューサーであり、映画会社ダルマ・プロダクション創始者でもあるヤーシュ・ジョーハル(その後、ダルマ・プロダクション社長の座はカラン・ジョーハルが継承している)。母親ヒロー・ジョーハル(旧姓チョープラー)は、ヤシュラジ・フィルム創始者ヤーシュ・チョープラーの妹(姉?)になる。
 ムンバイのH.R.商学&経済大学にてフランス語の修士号を取得。その学生時代にTVドラマ出演で俳優活動を始め、シャー・ルク・カーンやアディティヤー・チョープラーと親友になっていたそう。
 95年に、そのアディティヤー監督デビュー作&シャー・ルク主演のヒンディー語映画「DDLJ 勇者は花嫁を奪う(Dilwale Dulhania Le Jayenge)」で助監督兼衣裳デザイン兼出演して映画デビュー。98年には、父の映画会社製作の「何かが起きている」で監督&脚本デビューし、ナショナル・フィルム・アワード驚異的人気娯楽作品賞他数々の映画賞に輝き、一躍ボリウッドのメインストリームに躍り出る。
 その後、験担ぎに「K」を頭文字につけた監督作を連発する他、03年には「たとえ明日が来なくとも(Kal Ho Naa Ho)」でプロデューサーデビューし、監督業とプロデューサー業、さらに衣裳デザインなどで活躍している。04年からは、ボリウッド・セレブを招いたTVトークショー「Koffee with Karan(カランとコーヒーを)」の司会としても人気を博し、06年のミス・ワールド・ワルシャワ大会の審査員を務めたり、世界経済フォーラムの文化的リーダーとして招待されたりと、世界的な活躍を見せている。
 現在に至るまで独身ながら、代理出産による1男1女の父親でもある。
  
 本作公開直前、パキスタン人の武装テロによる印パ対立の激化によって「パキスタン出身の俳優やスタッフをインド映画界に参加させないよう」呼びかける政治運動も激化してしまい、パキスタン人俳優が参加し製作中から知名度の高かった本作は格好の攻撃対象になったと言う。
 抗議運動などの様々な混乱の中、カラン・ジョーハル監督と右翼政党との間で「完成作や今現在製作中の映画を除き、今後パキスタン人俳優を映画に起用しないこと」で合意することで、本作公開を許諾された事も大きな話題を呼んでしまっていた(この合意に関して、映画界はじめ多くの人々からカラン・ジョーハルが政治的圧力に屈したと批判が集中してもいる)。
 このため、本作に出演しているファワード・カーン(アリゼーの元カノ アリー役)やイムラーン・アッバス(アリゼーの恋人ファイサル・カーン役)は、その演技力を讃えられながら以後インド映画界出演がなくなってしまっているは、なんとかしてほしいもんですわ…(17年現在)。

 お話は、そんな国際情勢や政治運動とは何も関わりのない軽めのラブロマンス映画でしかなく、その軽快な音楽とお洒落な会話劇で魅力全開の主演ランビール&アヌシュカーの一挙手一投足を楽しめばいい親切設計。
 後半登場のアイシュの尋常でない妖艶さもサービス全開で、社会派メッセー
ジとか登場人物の奥深さとかは脇に売っちゃっておけばいい映画だけど、まあ全体的に主役アヤーンに都合の良すぎる話だよなあ…とは思わなくもなくもな…い? ラスト近辺のドンデン返しも効果的だったかどうかは色々疑問が…。

 とりあえず、この映画で勉強になったのはヒンディー語で「歌いなさい(命令)」は「ガオ」って言うことだゼ (*「・д・)「ガオー! 
挿入歌 Bulleya (ブレヤー [君は私の唯一の友人、私の行く末を導く案内人だ])

*ブレヤーとは、インドで有名な悲恋劇「ヒールとランジャー」に登場する、主人公ランジャーの友人ブレー・シャーの略称。 
受賞歴2016 Screen Awards 音楽監督賞(プリタム)・男性プレイバックシンガー賞(アミット・ミシュラー / Bulleya)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー / Channa Mereya)
2016 Stardust Awards 監督賞・女優賞(アヌーシュカ / 【スルタン(Sultan)】に対しても)・音楽アルバム賞・音楽監督賞(プリタム)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー / Channa Mereya)・男性プレイバックシンガー賞(アリジット・シン / Channa Mereya)
2017 Filmfare Awards 音楽監督賞(プリタム)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー / Channa Mereya)・男性プレイバックシンガー賞(アリジット・シン / Channa Mereya)・RD・ブルマン(新人音楽)賞(アミット・ミシュラー / Bulleya)  (。・ω・)ノ゙ 心 ~君がくれた歌~ を一言で斬る!
「雪山でボリウッドダンスの真似っこしてて、フル装備のアヤーンが寒さに根を上げたのを見て『あんた、私はサリーなのよ!』と啖呵切るアリゼー、カッコEEEEEE-!!!!!w」
↓こちらも参照くださいな。
インド映画夜話

男はだまって傷心旅行。

皆さんこんにちは!
トリマーの藤井です(^o^)/

最近更新率高くね?
と若干お気づきのそこのあなた。

改めましてこんにちは。
あなたの藤井です!

(フッ、決まった・・・)
インスピレーションが降りてくる時ってありますか?
僕は1日に2回くらいあります。
それは風呂入ってる時とトイレ中。
自分でもよくわからないですが、この時が何故か閃きやすくアイデアが次々と浮かんできます。
リラックス状態がスイッチなのかなと自分では思ってたりします。
なので僕にとってこの時間はとても大切。
風呂は1日一回しか入りませんが、
トイレなら何回でも行き放題。
悩みや考えごとがあれば催さなくてもトイレに籠ります。

嫁からはトイレの住人と言われます。
そんなことないと思ってましたが
ある日のこと、愛犬なつがそばにいた私を見失ったようで
トコトコとトイレまで確認に行ったのです。
俺トイレの住人だったんだ。
泣きたくなった。
◆本記事の概要

今までペットロスとの向き合い方について
色んな角度から自分の思った事を書いてきました。
皆さん、僕が伝えたことをそのまま間に受けるんじゃなく
その考えに対し自身が何を感じたかの方がよっぽど大事です!
そしてこの連載は今回がラスト!
今日伝えたいことは1つ!
あなたは幸せにならなきゃいけない理由がある!

です!どぞ(^^)/
◆藤井の死生観
生きること、死ぬことに対する考え方。
これを死生観といいます。
皆さんどんな死生観を持ってますか?
今回の本題に入る前に少し僕の昔話とそれに基づく死生観について話したいと思います。
僕は今年でまだ28歳で偉そうな事をいろいろお伝えしてますが、それは未熟ながらも生きることについてそれなりの哲学や世界観を持っているからです。
先日、高校時代のアルバムを何気なくのぞいてると
とても懐かしい写真が出てきました。
僕は農業高校出身で主に畜産(牛とか豚とか)を専攻していました。
この写真は北海道へ10日間ホームステイさせてもらった時の写真です。
この子牛、生後5〜6時間くらいです。
まだ羊水が体に纏っている状態です。
よく見て下さい。僕の親指を吸ってるのが分かりますか?
動物って凄いなぁと思うのが、誰に教わった訳でもないのに
自分で呼吸したり、お乳を吸う行動が分かってるのです。
本能という生きる為の知恵を持ってこの世に生まれてきてんだなぁ。
と高校生ながらも感動したのを覚えてます。
さて、

そんな僕の高校時代、一言で表すならば「共生」という言葉が1番しっくりくる。

農業高校とはいえ、うちの学校はいかんせん頭が悪かった。
県立偏差値ランキングは県内で堂々のワースト1位!(自慢になってない)

高校入学は引き算出来たら入れるくらいのゆるさで、テストは足し算の100マス計算したら合格などという正直人をおちょくってるとしか思えないものだった。(まぁそれでも赤点とる奴は毎回いるんだけどw)
高校生という年頃、自分も含めみんなノリとプライドだけで生きてるような感じ。
だけど、1つだけ他のどこにも負けないものがあった。
それは命を尊ぶ心。

道徳に偏差値というものがあるなら、おそらくランキング上位に君臨できたのではと思う。

それ程この3年間「命」と密に接してきた。
出産立ち会いだけじゃなく、流産や牛・豚の去勢、除角(角を切る作業)、鶏の屠殺・解剖とか、授業内容としてはかなりディープ。

そこから出来上がった僕の死生観とは
・動物には敬意を払うべきもの
・共生とは人が動物を適切な環境で管理している状態

の2つ。適切な管理とは繁殖も淘汰もひっくるめた意味です。そこにもう1つ。
・死後の世界はある
まぁこれは僕がもともと思っていることなので、高校時代には関係ないですが。
確信があるわけじゃなく、もしあったとしたら今生きてるこの時も悪い事はできないなーくらいの感覚です。

では、ここからは僕のその死生観を念頭に置いて話をしていきます。
◆犬の死生観

動物と意思疎通をはかるアニマルコミュニケーションというのをご存知でしょうか?
僕には出来ませんが、昔セミナーでローレン・マッコールさんというアニマルコミュニケーターをされている方にお会いして色々と動物との会話を話してくれたことがありました。

その方曰く、アニマルコミュニケーションって実は誰でも出来ているとのこと。
愛犬と長年付き合ってると、何をしてほしいのか飼い主なら何となくわかってくると思います。
アニマルコミュニケーションとはそういったものなんだと。
ただ愛犬以外の動物と意思疎通を図ろうとするなら、その感性を鋭く研ぎ澄ませる為の訓練は必要。
会話といっても人によっては映像や色や味や感情などで意思疎通をはかるらしいので、必ずしも言葉によるコミュニケーションではないとのこと。

動物との会話を本にもされています。当院の2Fサロンにも並べてますので興味ある方は是非。

そんなローレンさんが教えてくれた動物の死生観とは、
・動物は死に対する恐れがない(あの世のことをホームと呼んでる)
・生きることは学ぶこと

とのこと。同じ感性を持つ人もいるかもしれませんね。僕は死ぬのが怖いと感じますが。

ローレンさんの話を聞いて感じたことは、動物って結構さっぱりしてんだなぁってことでした。
当時、この話を聞いて実はすこし心が救われました。
俺が思ってる程死んだあいつは深く考えてないのかも。なんてね!笑
わからないですけど!
◆犬の幸せとは
話を少し現実的に戻します。
以前、ワンクスクリエイションの森社長のセミナーにトリマーチームで受けに行ったことがありました。
詳しい内容はこちらをどうぞ。

そこで森社長が語る犬の幸せについてお話しします。
僕の先入観が入ってるので、森社長の意図しない受け止め方をしてるかもしれませんが、ご容赦!
「犬の幸せって何だと思う?
飼い主にとって犬とは生活の一部であり、ずっとかまってあげられないものだ。
でも犬にとっては違う。犬にとって飼い主とは自分の全てなんだ。飼い主がいないと自分は生きていけないと解っているんだ。
どんなにひどい扱いを受けても虐待されている犬であっても飼い主のところには尻尾を振って歩み寄ってくるんだよ。
飼い主が落ち込んでる時は自分も一緒に落ち込んで、飼い主が嬉しい時は呼応するかのように一緒に喜ぶんだ。
人が幸せホルモンを脳内に巡らせてる時、犬も人と同様に幸せホルモンを分泌してるんだよ。
みんな犬を幸せにしてあ
げたいって思ってるでしょ?
でも違う。逆だよ。
人が先に幸せにならないと、犬に幸せは訪れないんだ。」
あまりピンとこないかもしれません。ですが僕にはすごい気づきでした。
犬と人って、社員と会社の関係に似てますね。
例えば、会社の業績が上がればすぐに給料に反映されなくても何だか嬉しくありません?
逆に会社の業績が不安定だと給料に響かなくても何だか不安になりますよね。
それってつまり社員の幸せは会社が潤うことってことですよね。
犬もきっと同じだと思います。
飼い主が幸せにならないと、犬はいつまで経っても幸せになれないんです。
あなたが笑顔を取り戻さなければ犬は幸せだったと思えないんです!
◆もし自分が死んだら

さて、色んな話をしてきて頭がごっちゃになったと思いますが、ここで話を一つにまとめます。
自分のことのように考えてみて下さい。
縁起でもないですが、もし自分が死んだら周りの人たちはどう思うだろう?

もし。仮にですよ?死後の世界があったとして、あなたはその世界からこの世を眺めているわけです。

そこで残された人たちをどう見ているか。

死んだ直後から「あいつ死んだんだ!ウケるー。」なんて言ってる奴がいたら3代くらい祟るでしょう。笑

では、残された人がずっと憂いて悲しみから抜け出せず、辛く苦しい状況が続いていたらどう感じるでしょうか。

僕だったら死ぬに死ねない。
こっちまで苦しくなっちゃうよ。喪中でもいいから早く傷心旅行いって元気な姿を取り戻しておくれ!
ってなります。何故自分は死んでしまったんだって嫌悪感すら抱くかも。

みんなもそう思いませんか(>_<)

「死んだ人間が願うことは、残された者の幸せでござるよ」
って漫画とかでよくありますが、
綺麗ごとかと思いきや、本当のことなのですね!

犬もきっとそう思ってますよ。
◆それでも苦しい時

なんだかんだツラツラと長いこと書きやがって!
いいから前回言ってた「とっておき」を教えろっつーの!!

と思いの皆さん。お待たせしました!
そのとっておきとは・・・
心が折れそうな時は
僕たちのブログを読みやがれ!!
です!(^-^)/
はい!

ズコーッ!!orz

冗談ではなく!
僕たちは飼い主様を幸せにする為の病院です。
僕たちのブログを読んでクスリとでも笑ってくれたらお互いハッピーやん?
おまいのブログじゃ笑えねーよというあなた。
まぁ待ち!笑

来年は100個ブログ書きますさかいな!

下手な鉄砲も数打ちゃあたるでしかし!

気をつけなはれやー!
と、とんだ茶番は置いといて

もし、この世界のどこかのだれかの心が
少しでも軽くなったというのなら、それは本望。

そんなあなたに。
あなたの藤井はブログを書き続けていきまっせ!_φ( ̄ー ̄ )

ほな!