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ECOすぎる卒業旅行

ご訪問ありがとうございます。 皆さん、初めまして。今日から体調が良い時にはこのブログを更新したいと思います。 まず自己紹介にも書いたことをそのまま引用したいと思います。僕がこのブログを書こうと思った動機です。  現在大阪の大学に在籍する4年生。
引退に向けたサークル活動、卒業旅行のためのバイト、学業の集大成にすべく卒論執筆。
毎日平凡ではあるが充実した楽しい生活を送っていました。

その生活が「骨のガン、命に関わる病気、今すぐにでも治療をしなければならない」という言葉で一変する。

2017年7月(21歳11ヶ月)に左ひざ骨肉腫の診断を受けました。
現在入院しながらの闘病生活を送っています。

年間200人程度にしか発症しないと言われる骨のガン「骨肉腫」。
悪性度が非常に高い希少ガンであり、名前は知られているが、その実態を語る情報は限られている。

僕自身、まさか自分がガンになるとは、それも命に関わる大病に侵されてしまうとは夢にも思っていなかった。

これから自分はどうなってしまうのか、どんな治療が待ち受けているのか…

患者やその家族にとって情報がないというのは、これほど不安で辛いことはないのではないかと思う。

もちろん知らない方が良いということもある、しかし、患者を支える誰か一人でも骨肉腫の治療の実際を知ることができれば、何かできることが増えるのではないかとも思うのです。

このブログが、現在、そして、これから、骨肉腫と戦う患者さん、そのご家族の方のお役に少しでも立つことが出来れば、幸いです。   この記事は、治療が始まって1か月(手術前の抗がん剤2クール目)で書いています。これからどの程度の頻度で更新できるか分かりませんが、骨肉腫患者自身しか書けない気持ちの分も含めできるだけ丁寧な記事を心掛けたいと思います。 同じように病気と戦う方々のブログもよく拝見しています。皆さんから沢山の元気をもらいながら、頑張りたいと思います。 治療が終わるころには、僕も少しでも多くの情報を届け、誰かを勇気づけられたら嬉しいです!そんな決意表明でひとまずこの記事は締めくくりたいと思います。 ありがとうございました!次回は、骨肉腫の診断から治療開始までざっと書く予定です。 

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来年の事を言えば鬼が笑う、という諺があります。鬼が笑う訳ないんだけど笑っちゃうくらいに皮算用過ぎてちゃんちゃらおかしくなっちゃう、ってことなのでしょうが、諺は遠回しにし過ぎてて(よくよく考えてしまえば)イマイチピンと来ないし、間接的に伝えようとする日本人特有と言われる謙虚な部分が垣間見える風習だなと思いました。これは正しい話の広がり方ではありません。あと画像は鬼ではなく般若です。
気づけば大晦日(深夜)、あっという間過ぎてボーッとしてま
※ここまで書いて終わってました。今更ながら続きを書く。

僕にとって2017年こと平成29年は非常に波乱の年でした。「波乱」と言うと「万丈」という言葉が連想されるように、その後に良いことがあったみたいなニュアンスを微妙に含んでいるよう気がしますが、そんなことありません。2017年を記憶の限りザッと振り返ります。1月まだ学生でした。当時再々々履修をしていたスペイン語Ⅲの授業が残っていたのですが、テストを受けるにあたってトラブルが発生し、相当落ち込んでいました。図説します。悲惨な出来だったので、その日のディズニーに遊びに行く約束をキャンセルして嘆いていました。後に事なきを得て卒業はできたのでいいです。2月確かアルバイトに精を出していたかと思います。この時一応契約期間が3月末までになっていたのですが、1月の出来事もあり契約を伸ばすか伸ばさまいかで悩んでいたところ、卒業が決まったので「3月末まででお願いします」と伝えたらロケーションの(部署的な)偉い人が「良かったね、卒業おめでとう!伊藤くん2月いっぱいまででいいよ!引越しとか準備とか大変だろうし!ありがとね!」って3月に入る3日前くらいに言われました。突然辞めさせられました。ちなみに他の同世代の人は3月いっぱいまでやってました。3月卒業旅行に行きました。2箇所行きました。1つは伊豆へ、もう1つはセブ島へ行きました。どちらも色濃ゆい旅行でした。あと引越し。ミニバン借りて引越しましたが、最後の最後に車を軽く擦りました。大変でした。4月ウキウキの社会人生活のスタート。元気に挨拶しろって言われたから言う通りにやったら当時の先輩に「頭おかしい奴」認定をされました。求められたから応えてそういうのやったのに。まぁともあれ気にせずやってました。5月24歳の誕生日を迎えました。その頃契約とかも取れたりしてて仕事は(多分)上手くいきかけてました。OJTの先輩は適当でした。6月仕事に、というよりOJTの先輩との反りの合わなさや対応のされ方に違和感や疑念を抱き始めました。「おめぇは何言ってんのか全然わかんねぇんだよ」や、(他人との会話において)「人としてあり得ないね、こいつ」というようなやり取りが散見されました。あとNintendoSwitchも手に入れたのがこの時期だったかと。当時品薄で入手が困難だったのですが当時の彼女に購入権の抽選をやってもらったら当たりました。7月体調不良をきっかけに仕事に行き辛くなってしまいました。新卒らしからぬこの時期に有給全消化。飯も喉を通らなくなる、夜は眠れない、顎の震え(顎関節症)が止まらない、などがちょくちょく起こりました。8月夏休みに北海道に行く予定を立てていたので、北海道へ。(国外を除き)本州初離脱でした。北海道はとても良いところでした。色々なところに連れて行ってもらえたり、楽しかったし感謝の嵐です。一方仕事面は、これを機に出社を試みるも、上手く行かず、本格的に精神と身体に支障がきたされるようになる。人との付き合いも上手くいかなくなり、人生初の精神科へ。そこで適応障害と診断されました。9月実家に帰り、休職手続をして、より良い精神科巡りを始めました。精神科というのは良し悪しが人によって顕著に別れるもんだなと思いました。。10月医師と相談の上、10月いっぱいで退職をしました。彼女とも別れました。最どん底な月だったかと思います。11月通院をしながらバイトを探すも見つからず、ニートを謳歌。謳歌しながら新しい方向を模索する。12月ニートを(略)。
人生最悪の年末を過ごす。
終わり。